捨てられない気持ち

ボロボロの洋服ですら捨てられなくなるのが遺品整理

あるお客様の台所にある黒板に書かれた文字は20年も前に亡くなったご主人のものでした。
奥様がそれを消せない理由はなんとなく分かってはいましたが、自分が遺品整理をしてみて
痛いくらいにその気持ちがわかったのです。

「それを消したら故人の思い出さえも消し去るような気持ちになる」

これも「実家の片づけあるある」なのですが、「ボロボロの洋服ですら捨てられなくなる」ってあるんですよ。
何故なのかわかりますか

このジャケットいつも着ていたよな、お気に入りだったんだね・・・
このブルゾンは休日の時に着ていたな・・・
この鏡台でお母さんお化粧していたな・・・
お母さんこの靴いつもはいていたよね・・・
このゴルフクラブ自慢してたな・・・

すべての物に思いでが宿るから捨てられなくなる

それは「ボロの洋服ですら思い出が宿った大切な物」になったしまうからなのです。

親が大事にしていたもの、思い出が宿ったものを捨てたらその思い出さえも捨ててしまうような
後ろめたさ、寂しさに襲われるのです。これは本当です。

しかしながら、とっておいても自分が着られるわけでもないし、自宅に持って帰るわけにもいかない
こんな時に私の背中を押したのは
「実家の片づけは自分の代でやらなくてはならない使命である」という思いでした。
そうです、このまま放っておいたら次の代である私の息子にそのしわ寄せがいくのです。

このように遺品整理は親の持ち物を捨てる罪悪感との闘いでもあるわけです。

私の場合は捨てる前に写真を撮っておきました。いつか思い出したくなったときに見ることが出来るように。
自分の気持ちに折り合いをつけるためにも。

なんとなくわかっていたけど全くできなかった「生前整理」の重要さはこんなとき思い知ることになるんですよね。

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